しきたりと「御しな様」

しきたりと「御しな様」
 美島家では毎月一日と十五日を「とうじつ」と言って、朝出勤したら先ず、本家の奥の仏間へ行って、ご先祖の御仏前でお祈りをして、そこに並んで座っていられるご家族に、「とうじつでおめでとうございます」とご挨拶をして、各自職場に就き、また、従業員同志の間でも同じ挨拶をしてから仕事をはじめるという「しきたり」があった。
 仏前には家族の方はじめ、事務所の従業員全部の名札が並べてあり、お祈りが終わると自分のを裏返しにしてから静かに部屋を出ることになっていた。うっかり忘れたりすると、名前がすぐ分かるので、遅れたりした時などはお互いに注意しあったものだった。
 「とうじつ」とはどういう意味なのか先輩のタイプの人に聞いてみたが、「よくわからないけど、皆がやっているから同じようにしている」との返事だったが、その中に古くからいる人に聞いてみようと思っていたのに、どうしてだかその機会がなく、いまだにわからないままだ。
 とにかく、ご先祖様を敬い、無事平穏、商売繁盛を祈る御心は最高に強かったように思う。
 本家で一番年長の方は、先々代の未亡人でもう七十歳を過ぎているようであったが「御しな様」と呼び、気品があって、いつも背筋をぴんと伸ばして若々しく、美島家の総元締めでも言えるお方で、ご家族をはじめ親戚から従業員に至るまで、親しみと尊敬の中心になっていた。四季を通じていろいろのしきたりが多いようであったが、それは「御しな様」を頂点として、分家の人たちにも家風として受け継がれているように思えた。
 気品の良さと老舗商家としての腰の低さ、周りへの気配り等々、私には今までに経験のなかった様々のことを、身近に学ぶ機会だったように思う。
 現在「美しく老いる」という言葉をよく聞くが、あの頃の「御しな様」こそこの言葉にぴったりの人であったと、当時の面俤を懐かしく思い出し、願わくばほんの一部分でもあやかりたいものだと思っている。